偉人『小澤征爾』

2024年2月6日に88歳で天寿を全うし新しい世界へ旅たたれた小澤征爾氏について語るには自分自身が若輩者すぎると感じつつも、是非とも小澤氏を取り上げたいという思いだけでこの記事を書こうと決めたのである。

私が初めて小澤征爾氏を意識したのは子供の頃テレビで放映されていた番組『オーケストラがやってきた』であった。母と祖母が楽しみにしていた番組でなぜか私だけこの番組を観ることを強要されていたのである。そこに出演していたのが小澤氏である。番組のMC山本直純氏が兄弟子であり義理堅い小澤氏はその番組に出演していたようである。

小澤氏が音楽に目覚めたのは大変遅い10歳という年齢でピアニストになりたいと希望を抱いていていたのだが、ピアニストになるには難しいと感じていたようである。しかし音楽への道を諦められずにいた時、ロシア人のピアニストが演奏しながら指揮をしていた姿に衝撃を受け指揮に対しての興味が生まれたようである。それから母の遠縁にあたる齋藤秀雄氏に弟子入りすることとなり生涯の師と仰求することになった。そして桐朋女子高校音楽科へ進学し、指揮者となった山本直純氏と先輩後輩の間柄で親交を深めている。先輩の山本は「音楽界のピラミッドがあるとしたら自分は底辺を広げる仕事をするから、小澤お前はヨーロッパへ行き頂点を目指せ」と言葉を交わしたという。小澤氏はその声援を受けて23歳でバイクとわずかな荷物だけを抱え無料で貨物線に乗り込ませてもらいヨーロッパへ向かったのである。渡仏してから1959年ブザンソン国際指揮者コンクールで優勝し世界的な道が開かれ、世界的指揮者のレナード・バーンスタインやヘルベルト・フォン・カラヤンに師事し世界の小沢としての道を突き進んでいく。

世界的な指揮者の元で学んだ小澤氏が日本で指揮棒を振おうとした最中NHK交響楽団でのボイコット事件が起きる。27歳の若き小澤氏に対して楽団員から「間違いが多い、生意気だ、態度が悪い」とのことだった。しかしこのボイコットにより3日間行われるはずの定期演奏会は中止になったようだが、小澤氏は一人演奏が行われるはずの会場に通い舞台に上がったのである。N響との契約を自らは果たすという矜持だったのであろう。この事件により彼は日本国内での活動よりも世界的な活躍の場を得たとする見方もあるが、27歳という若き才能を歳を重ねた楽団員は受け入れる余裕がなかったのであろう。それこそ西洋の音楽を東洋人が理解できないと批判されていたことと同じように、日本を代表する楽団員らには若くして世界で活躍の場を得た小澤氏が齎らす新風を受け入れることができなかったのかも知れぬ。もし努力の人である小澤氏を受け入れることができていたならば大きく日本のクラシック界は変貌していたに違いない。

日本を出た小澤氏の活躍は目を見張るもので一気にクラシック界を駆け上り世界の小澤と評されるようになった。世界的活躍の話はまたの機会にして彼から学ぶこととして今回取り上げるのは、彼がオーケストラを指揮するときに伝え続けた「自ら弾くことよりも仲間の弾く音を聴くことが重要だ」ということに目を向けることにする。つまり小澤氏は他者の音に耳を傾けることにより共鳴し合いより良き演奏ができると確信していたのである。このことを子育てに置き換えて考えてみよう。親は自らの言葉を発することに意識を向けるよりも子供が発する言葉に耳を傾けることに意識を向けると子供が何を言わんとしているのか、子供が何について考え感じているのか、どのような感情を持っているのかが手に取るように理解することができると確信している。例えば「ママ、お母さん」と子供が発する言葉一言に目を向けると、甘える言葉や叫びに近い声、助けてほしい声、怒っている声、不安になっている声とさまざまな感情で声色や声の大きさ、強弱と変化がわかるようになる。すると親はその声に対して予測することができ対応策が瞬時に取れるというものだ。例えば親が猫の手もかりたい忙しい時に甘えた声で纏わりつくと忙しいのだと剣もほろろに対応すると子供は寂しさを感じるだろう。また怒っている声をに対して強い口調で答えると火に油を注ぐ結果にもなりかね無い。しかし子供の発する声に耳を傾けて最善の方法を選択し対応することにより親子の関係性は良好に保たれるものである。つまり理性を持って対応が可能となり子供自身の感情コントロールの方法を学ぶ機会を与えることができるのだ。子供のありのままを感じるためにも先ず子供の発する言葉に耳を貸すということが重要である。このことを小澤氏の教えの中にも垣間見ることができ子育てに共通する部分である。

今回は小澤氏がこだわっていた発言を子育てに置き換えて捉えてみた。是非ともご家庭の中で親子で共鳴する美しい音色を奏でてほしいものである。

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