偉人『伊藤若冲』

今回は伊藤若冲を取り上げる。伊藤若冲といえば江戸時代中期に活躍した京都出身の日本の画家で、動植物を題材にした独創的で細密な絵で知られている。特に群鶏は有名であるが私の中に思い浮かべるのは『芍薬群蝶図』である。平成に入り再評価され爆発的に彼の作品集が出版され、展覧会が至る所開かれたりメディアに取り上げられたりしたので印象深く残っている人もおられるのではないだろうか。今回は平成に入り日本人でありながら海外から逆輸入され脚光を浴びた伊藤若冲の手抜きを一切しない真面目さについて考えてみる。

その目に伊藤若冲の最大の魅力を少し紹介しておこう。彼の凄さを一言でまとめるなら「現実を極限まで観察しながら、その現実を超えてしまう表現力の凄さ」がある。若冲の凄さは観察力と細密描写である。鶏や魚、植物といった身近な題材をまるで顕微鏡で覗き見したかのような精密さで描いているため、実際に作品を前にすると大迫力に圧倒され、さらにそれに輪をかけて怖さを感じてしまった。私は幼少期に鶏に追っかけられ突かれた経験から生きている鶏も命が天に召された鶏の丸焼きを見るだけでも鳥肌が立ち放しなのだが、平面的絵画で恐れをを感じたことはないが、若冲の群鶏だけはリアリティに溢れ画力の凄まじきことを実感するばかりだった。絵画は本物の前に立って初めて理解できるもの、感じるものがあると言われるが、若冲の作品は即実感できる稀な作品でもある。

では彼はなぜこのようなことを一人でやってのけたのか生い立ちから見ていこう。

1、強い責任感

若冲は1716年京都の錦小路にあった青物問屋「枡屋」の長男として誕生。桝屋は多数の商人を取りまとめかなり手広く商売をしていた。しかし若冲23歳のとき、父源左衛門の死去に伴い彼は4代目当主となった。十数年は仕事をする傍ら絵を描いていたが、40歳で店を弟に任せ絵師となった。若冲は他の画家とは異なり京都の裕福な商家に生まれたからこそ生活の基盤が安定し、生活に縛られずことなく絵に没頭し技を磨くことができたのである。また生活の糧の絵を描く必要もなく、自分が納得する絵を突き詰める形で絵に集中できたのだ。ここで手抜きをしない人(=物事を丁寧にやり抜く人)」の特徴の一つが責任感がの強さである。父から店を引き継求ことを決めた若冲はしっかりと店を切り盛りし、店を弟に譲るまで店を維持すると決め、画家の道を歩むと決めてからは経済的なことも考え行動している。つまりやると決めたことに対して「ここまででいいや」と妥協せず、最後までしっかり仕上げようとした。周囲の評価というより、自分の中の基準に対して誠実であろうとする傾向があるのも手抜きをしない人の特徴である。


2、継続力

若冲が活動していた300年前は動画を撮影して描くこともできなければ、写真さえもない時代、彼は鶏を描くために鶏を飼い、日々その動きを毎日観察し動く鶏の姿を描くのに10年もの時間を費やした。気が遠くなるような根気で羽の一本一本を完璧に描き込んだ時間は年単位の年月である。手抜きをしない人はコツコツ続ける力もある。派手な努力よりも地道な積み重ねを大事にし、面倒な工程でも省略せず、必要だと思えばきちんとやり通すのが特徴だ。まさにその継続力を持って彼は描くことに貪欲に向き合っていたと言える。



3、細部へのこだわり

若冲の凄さはさらに単なる写実で終わらず、むしろ写実を超えた所に魂を書き込むことが彼の偉業であった。代表的な《動植綵絵》では実在の生き物を描きながらも、画面全体は現実の風景というより「それぞれの生命とは何か」を再構成し、「自然の秩序そのもの」をデザインし、構成の大胆さと装飾性も追加した何人もが真似できないものである。誰にも負けぬ細部へのこだわりが、静止画でありながら鳥が今にも動き出し、植物が今にも風に揺れ出しそうな緊張感がある。これは単なる技術でカバーできるものではなく、生命そのものへの若冲の執着や敬意が画面に宿っているような気がする。300年前の日本で前衛的にマス目を構成した技法で実験を行う精神もあり、超絶技巧を繰り返して日本画の頂点に到達した細部へのこだわりは小さなミスや違和感にも気づきやすく、「このくらい大丈夫」という感覚は持っておらず修正を繰り返したことが彼の作品の精密さから窺い知ることができ、結果として完成度が高くな④と考える。よって彼の作品が「見ていると世界の見え方が少し変わる画家」として海外で評価されたことも頷ける。



4、目的が明確

異常なまでの観察と執着が若冲の作品には反映されているが、鶏を実際に飼って動きや形を徹底的に観察しただけでは上手に描だけの作品になっていたであろう。しかし若冲の作品が平成に入り日本人の目を虜にしてしまったのは、「生命とは何か」を掴もうとしていた節があるからだ。江戸時代の多くの画家学んだ狩野派や琳派などの流派に縛られず、若冲はそこから半分外れた位置にいて写実と装飾、秩序と幻想を自由に混ぜることができた。つまり長い時間をかけた自己完結型の描き方で「なぜこれをやるのか」「自分の絵画をどう表現するのか」を理解し目的が明確であったため手を抜かずに目的を達成できたのである。



天才的伊藤若冲という評価があるが、私は「天才が突然現れた」という考え方ではなく、絵を描ける経済的余裕が自由に絵を描く環境 と強い責任感から生まれる異常なまでの集中力 、そして×枠にとらわれない自由な思考で、そして長期的な探求心が伊藤若冲の類い稀なる画面から今にも飛び出してきそうな作品を生み出したと考えている。

若冲のような手抜きを一切しないことを行えば凡人も天才と言われる仕事を成しうることができるのではないかと私は考えている。


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