偉人『ロビン・ウィリアムズ』
アメリカの俳優そしてコメディアンで、圧倒的な即興力と感情表現の幅広さで知られているロビン・ウィリアムズが亡くなってから12年を迎えた。彼の出演している映画見ていると、これはアドリブだろうなと思われる場面に遭遇する。演者の演技ではない笑いそしてカメラクルーも笑っていることがわかるような画面の小刻みな揺れ、その場にいる誰もが思わず吹き出してしまうのだ。そのロビン・ウィリアムズのコメディアン魂はどこにあるのか、それを今日は探ってみようということだ。すでに彼のもメディアン魂はどこに由来しているのか彼の幼少期から探ってみよう。いつもならそのパターンで記事を進めるのだが、今回はヒントを先に出しておく。今週の提案記事(記事はこちら)は何だったか?それを念頭に入れて考えると、ロビン・ウィリアムズから学ぶことが見えてくるはずだ。では早速彼の人生を紐解いていくこととする。
1951年7月21日アメリカ中西部のカルフォルニア シカゴで自動車会社フォードの重役である父ロバートと、モデルの母ローリーのもとかなり裕福な家庭に誕生し育った。幼い頃は両親とも仕事や社交活動で忙しく、ロビンは一人で過ごす時間が多かった。そのため幼少期のロビンにとっては「孤独」と「空想」が遊びの重要な要素になった。ロビンは幼い頃から両親の忙しさから生まれる孤独感を抱えたまま学校でも友達を作ることができず、逆にいじめに遭いながら一人で過ごすことが多かった。ロビンは自分の寂しい心や友達からのいじめなどを振り払うように帰宅後していた遊びが、のちに彼をコメディの世界に誘うとは彼自身想像だにしなかったであろう。おもちゃを2つ用いてそのおもちゃ1体1体に何役も与え、声色を変えて劇を作り上げる遊びをしていたのだ。
孤独と戦う息子ロビンの姿に心を痛めた母ローリーは、一緒に多くの時間を過ごすようにし、息子の笑う姿を引き出そうと彼を全力で笑わせることに心血を注いだ。母ローリーの凄さは息子の笑顔を引き出そうとしたことだ。一般的に子供自身が学校で孤立していると親は何をするだろうか。私の知っている限りでは親同士の根回しから入ることが多い。そして親と子を自宅へ招待し遊ばせたり、子供自身から友達の輪の中へ入れる方法を模索する。つまり友達が作れない子供の尻を叩くわけである。また子供が動く子でなければ静観することもあるだろう。しかし母ローリーは家の中で笑うことに多くの時間を割き心を配ったのである。
するとロビンも母から幾つも繰り広げられるギャグに大笑いし、やがて母息子はお互いを笑わせることに全力を注いでいった。そうこうしている間にロビンは気づいたはずである。大きな口を開けてゲラゲラと笑う母の姿に誘われて、自分自身も腹を抱えて大笑いし楽しくて仕方ないと。もしかしたら自分も母と同じように人を笑わせることができるのではないだろうかと。しかし家庭ではこんなに楽しく明るい時間を過ごしていても、学校ではその一面を出すことができず中学まではまだ孤独な時間を過ごしていた。
彼が孤独から解き放たれたのが高校デビューである。中学までは目立たなかったロビンが、地元を離れカルフォルニアの高校入学をきっかけに急に目立つ方向へ進むことを決意したと言われている。自分自身の過去を知るものが誰一人としていない場所で、家庭で磨きに磨きをかけたギャグとユーモアのセンスとモノマネを学校で少し試したところ、それが今の言葉で言うところの大バズり状態で一躍時の人となった。学校では一番人気の面白生徒という位置付けにいたかと思えば、生徒会長に、そしてレスリングやアメリカンフットボールのチームの入りあの暗黒時代の小・中学校での生活とは真逆の時代を過ごすことになった。その後演劇との出会いで彼は役者の道にも興味を持ち始め俳優としての道を進み始めた。
ここで忘れてはならないのが幼少期の一人遊びである。フィギュアや人形で物語を作り、早い段階から声色を変える遊びをしていた。学校での孤独感を家庭で「想像力」に変えて即興を遊びを楽しんだのである。想像力とは頭の中で情景や感情、状況を思い描く力で、つまり見えないものを心の中で描く想像力をロビンは幼いながらに一人遊びで鍛えていたのである。
やがてロビンはモノマネや演劇を学び既存の考えにとらわれず、新しい着想を出す発想力でこれまで遊びの延長線上でしかなかったものをスタンドアップコメディや映画に持ち込んで圧倒的なキャラクター演技に繋がったと考えている。つまり単なる想像力の発動から発想力へと自分自身で進化させ人生を豊かなものにしたのだ。
ロビンの人生は母ローリー無しでは成立しなかったと結論づけることができるのではないだろうか。母が社交的で太陽の人であるが故ユーモアのセンスがロビンの「笑いの感覚」に影響を与え、ロビンはロビンで内向的で想像の世界に入り込みやすかったが故想像力の翼を大きく広げさらに発想力を力を発揮しアメリカを代表する俳優でありコメディアンとして活躍できた。彼にとって母の存在、孤独で友達が一人もいない時間、学校でのいじめ、高校時代の華々しさどれ一つ欠けてもロビン・ウィリアムズにはなれなかったであろう。また彼の想像力は単に想像力にとどまらず発想力に変化したのも成功を手中に入れた理由である。人生に無駄はないというが、彼の孤独と寂しさの暗黒時代は煌びやかな時を迎えるために必要な時間であったと考えると人生帳尻があったと考えてもいいのではないだろうか。
ロビンはのちに「母のユーモアが自分のコメディの原型になった」と語っている。母ローリーが息子ロビンの笑顔を引き出すために、常に新しいことを考え彼に仕掛けていった。その母の『発想力の豊かさ』をロビンは知らず知らずのうちに学び受け継いだと考えている。なぜなら親御さんの発想力の翼が大きければ大きいほど子供たちはその翼にのに色々な経験をし、だから伸びるんだということを私はこれまでに幾度も見てきたからだ。子供を伸ばしたいと思うのなら、まずは親が想像力豊かにそして発想力を展開すべきではないだろうか、そうロビン・ウィリアムズと母ローリーから学ぶことができる。
0コメント