偉人『気象学研究者 藤原咲平』

気象学者や防災に貢献した人物が日本にいることを認知している人はどれくらいいるだろうか。今週取り上げた絵本『大あらしだ!―ハリケーンがやってくる』(記事はこちら)と関連付け今回は『藤原咲平』を取り上げることにする。

彼は日本の気象学者で台風などの大気の動きの研究で知られている人物である。2つの台風(熱帯低気圧)が近づいたとき、互いが影響し合い周りを回るような複雑な動きをする現象「藤原の効果」を発見した人物である。「台風はどのように動くのだろう?」という疑問を科学的に研究した人物であるが、彼の凄さは「自然の仕組みを科学で解明」し「その知識を使って、人々の暮らしを守る仕組みを作った」ということである。今週の提案記事『SDGs11項目 住み続けられるまちを No.11』(記事はこちら)の「台風とまちづくり」というテーマとも実は相性がよく流れとして、今回は藤原咲平を取り上げ、「自然現象を知る → 災害を予測する → どうすれば地域を守れるか」ということを人生を通して行なった人物を見ていこうということだ。

藤原咲平の生い立ちは、1884年10月29日 長野県諏訪市に生まれた。少年時代は諏訪の山や湖など自然現象を身近に感じられる地域で育ち、彼の人物像を考えるうえで興味深いところではあるが、残された彼の書籍や史実からは自然豊かな諏訪で育ったことが直接気象の研究の起因になったということはどこにも書かれていない。「裕福だったのか」「両親がどのような教育をしたのか」「家の中でどんな子育てをされていたのか」など信頼できる資料では詳しく確認できない人物でもある。しかしこれまでの偉人や研究者の中には自然の中で身を委ねて大いに遊んだ子供が、やがて研究者やそれぞれの道に秀でている結果を残している偉人が多い。私の勝手な想像の中にも少なからず自然を相手に多くのことを学ぶ幼少期があったからこそ、彼は自然を観察し、自然の仕組みを科学で解明し、その知識を使って人々の暮らしを守る仕組みを実行することができたと考える。「子供の頃から気象が大好きだった」「少年時代に何かを見て気象学者を志した」といった具体的なエピソードはないにせよ、関心がなければその道を志すことはない。長野県諏訪の自然の中で育った少年が、やがて日本を代表する気象学者になったという流れで見ても良いのではないだろうか。

その後、藤原咲平は東京帝国大学で学び、気象学の研究者として中央気象台に入る。彼は台風の研究だけでなく、気象観測や天気予報の発展、雲や大気の研究、日本の気象学者の育成、気象に関する教育や普及などにも力を尽くした。

ではここから私の特技である偉人を妄想することにシフトしてみる。

彼の幼少期を示す記述がないが、彼が身近な「渦」の動きに疑問を持ち、それを詳しく研究し、小さな現象から大きな発見に繋げる探究心があり好奇心が強い人物であったのは、おそらく自然の中で学んだものが多くあったからであろう。また実験や観察によって何度も調べ、気象現象との関係を明らかにしようとした粘り強さがあったが、勤勉さがなければ到底結果は出せない。勤勉さは生まれつきの性格ではなく、家庭で努力する姿を見て育つ場合や努力を認めてもらう経験をすること、小さいころから自分で取り組む経験をし最後までやり抜くという経験などが重なって形成されていくものである。そう考えると彼の育った家庭や学生時代を通して勤勉さを育むことは多かったのではないだろうか。

そして彼の凄さは自分だけが研究するのではなく、気象を学ぶ人を育てることにも力を入れ、社会の役に立つことを考え、気象の研究を天気予報や防災など人々の生活を守ることに繋げようとしたことである。これらのことからも藤原咲平は「好奇心と探究心が強く、自分の知識を社会や後の世代のために生かそうとした人」と言える。

彼は「科学を学ぶことが、地域や社会を守ることに繋がる」ということをやり抜いた。自分自身を社会のために生かそうとする人には、ある程度共通することがある。

その共通点は、家族が困っている人を助けたり、地域のために行動したりする姿を見て育つこと、子どもの興味や疑問を尊重する家庭「なぜ?」「どうして?」という疑問を否定せず、調べたり考えたりすることを応援し、子供の興味や疑問を尊重する家庭や努力する姿を身近に見る家庭で育ち、「努力して誰かの役に立つ」という価値観を学ぶ環境があることだ。その他にも失敗しても挑戦させてもらえる環境で育ち、家庭以外の人との交流が多い環境もまた影響してくる。「家庭だけ」で社会貢献する人になるわけではないが、家庭環境はその人物の人格形成に強く根深く影響していると考えたほうがよい。つまり、社会貢献する人を育てる上で重要なのは、「人の役に立つこと」「学ぶこと」「努力すること」「自分で考えて行動すること」を経験できる環境を作ることである。そしてその環境が家庭にあれば、着実に子供はそのように育つものだ。

藤原咲平は科学の知識を使って台風の仕組みを学ぶことで防災対策を考えたり、環境について学ぶことで地域の自然を守るために何をすべきか判断した。また科学的な根拠をもとに考える力で噂や誤った情報に惑わされず、社会の問題について適切な判断をすることにも繋がっている。科学を学ぶことは身の回りの現象を理解するだけでなく、その知識を人々の安全や環境を守るために生かすことに繋がることを現代の我々に指し示した人物である。事実今年のダブル・トリプル・クアドラプルの台風や線状降水帯などの雨に関する情報を天気予報で見聞きすると、気象予報士が『藤原の効果』という単語を述べていた。またダブル台風の相互関係と作用を解説に取り込んでいたりする場面に遭遇し、確実に彼が現代の我々に知恵をもたらし、安全につながる情報を与えているのだ。このことは私も子供を持つまではあまり関心のないことであったが、県外に住んでいるときよく電話で「沖縄はもう夏だよ。28度もあるんだけど、そっちは?」「まだ雪がちらほら降る日もあるよ」、「沖縄は台風なの?大丈夫?」「台風が2こ起きてるよ」などと祖父母と孫の会話から気象や天候の話が膨らみ、話を聞くだけでも色々子供に思考の種を育んだと考えている。またよく子供達と台風の大きさの話し、沖縄の子供はヘクトパスカル(hPa)の数字で台風の大きさを想像できるが、台風をあまり経験したことのない我が夫は実体験が伴っていないため、数字で台風の大きさを想像することができないようである。経験というものが積み重なることで、子供たちは実感として台風を知ることができ、そこに科学的な根拠という知識があれば、更に学びを深めることができる。現代では藤原咲平のように毎日野山を駆け回り自然から多くのことを学ぶことはできないが、身近に起きる自然現象から学ぶ多くのツールを活用すれば、それなりの学びはできるはずである。これが現代の強みとも言えるだろう。

藤原咲平を単なる「台風の研究者」として紹介するだけでは不十分である。自然が大好きな諏訪の少年が、気象学者となり台風研究を推し進め、やがてその知識を使い地震・火山・水害などの防災や地域を守ることをやり遂げた人物であり、日本の気象学の発展に大きく貢献した気象学者である。彼なくしては日本の気象学の進歩も人々の安全性に対する考え方も遅れていたに違いない。彼から学ぶこと、それは現代の私たちの生活に密着している気性や災害に対しての考え方を再認識することにある。先人の学びを日々の生活に照らし合わせ感謝することを忘れてはならないであろう。



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