偉人『シートンがシートンとなった幼少期の環境』
アーネスト・トンプソン・シートンは人間と動物そして自然との共存を提唱したナチュラリストであり、博物学者、画家、動物記を書いた作家として世界的に有名な人物である。子供の頃に一度は彼の作品を読んだことがあるのではないだろうか。
今回は彼が動物を愛し、ライフワークの中心に動物と自然を置き慈しんできたのかを幼少期から探ってみようと考える。
1860年8月14日イギリス北部の大型造船12隻を所有する父ジョセフと母アリスの11番目の子供として裕福な環境の下生まれた。母アリスは安産を願い海で泳ぐことを日課にしていたが、シートンを身ごもって泳いでる最中溺れてしまったのである。幸いメイドに助けられたものの早産でシートンを産み落とすことになり、シートンにはその時の出来事が胎内記憶として残り、誕生から2年もの間水を凄く怖がり入浴をしなかったそうである。私も仕事柄ふとした瞬間に胎内記憶を口にする場面に遭遇したことがあるが、シートンの胎内記憶のエピソードを知るとやはり妊娠中は安定した心で母親が過ごすことが望ましいと思うのである。
シートンは入浴を極度に怖がることの他にとにかく泣く子供であった。一度泣き出すと泣き止ませようと様々な方法を試すが泣き止まず苦戦していたという。とある日たまたま目にしたひよこを見て泣き止んだことから、シートンが泣き出せば動物であやすことが定例となったのである。やがてシートンはハエを見ただけでもでも泣き止むようになったといわれる。
乳児はとくに泣いているときに動くものを見せると気を逸らすことができ、泣き止んだ経験をお持ちの親御さんもいるであろう。しかし決してシートンが特別であったわけではない。乳児の頃は特に視覚発達を本能的に鍛錬していくことから動くものや色のはっきりしているもの、音を出す物に注意を向けているのである。別の見方をすれば好きになってほしいものを乳児期から見せることで注視する力を得て、そのものに対する距離は近くなり関心や興味をはぐくむことができるのである。
いわばシートンが動物好きになったのはこの乳児の経験が強化された賜物であると私は考えている。泣き止ませるために動物を見せていたことがその後の彼の人生を決定付けたということだ。
多くの動物に関心を寄せていたシートンがこよなく愛した動物はオオカミである。そのオオカミに初めて出会ったのは母や兄弟が読み聞かせてくれた『赤ずきんちゃん』や『オオカミと七匹のこやぎ』だという。
しかし幼い頃の彼の優れた着眼点が回想という形で彼自身が語っている。「私は子供心にオオカミが悪者であるという見方は間違っていると強く感じていた。オオカミは他の動物の命を食さないと生きていけないんだと子供心に絵本の矛盾を感じていたのだ」と。
我が子の思考に置き換えて少し考えてほしい。子供に絵本を読み聞かせて矛盾を抱く子供がどれだけいるであろうか。そして彼がなぜ子供でありながらそう感じることができたのかはこれまでの私のブログ記事をお読み下さった方は答えがお分かりであろう。
幼児期にしてシートンが絵本の世界と動物の生き様に矛盾を感じたのは、まさしく動物に触れるという実体験から生まれたものである。例えば興味を示さない絵本の内容を実体験させると読むようになるのも経験させたからである。実体験させるということは子供にとりほんものの価値あるものである。
さて彼の傑作であり代表的作品である『狼王ロボ』が生まれたのは、人間と戦う勇ましいオオカミの姿を目の当たりにした経験からである。自然のあらゆるものに人工的なものが太刀打ちできないほんものが持つスケールの大きさや厳しさ美しさ、切なさを痛感できる作品である。
更に幼児期以降の彼の人生を垣間見ておこう。
裕福な彼の一家にも不穏な出来事が相次いで起こる。父の経営する船会社の船が座礁や沈没事故を起こしたり、父が保証人になった会社の破産など坂道を転げ落ちるように次々と災難がふりかかり一家はとうとうカナダの開拓地で貧しい生活を送ることになった。
ここで窮地に落ちたかのような生活が6歳のシートンにとっては人生を輝かせる経験を多く積むきっかけとなったのである。カナダの自然溢れる奥地での生活は家族で住む丸太小屋作りからスタートする厳しさであった。しかし兄弟で森の中を探索し、見上げえれば鳥が囀り、リスが木々の間を飛び移り、キツネやウサギ、アライグマに遭遇し、川ではビーバーが巣作りで流れを塞き止める光景に興奮し動物を描くことに没頭した。裕福な生活からの転落も彼にとっては楽園であったのである。
子供の成長に環境が与える影響は大である。一見マイナス的要素であるようだとしても子供の成長の素になることがある。親をはじめ周りが手を焼く子供であっても環境が子供の感性に刺激を与えることにより、人生が大きく変化することを教えてくれたのがシートンである。次回は彼の人生を深彫りして更なる魅力を探すことにする。
余談であるが『狼王ロボ』のロボとはロボットのことではなく、スペイン語でオオカミを表す言葉である。まかり間違ってもオオカミのロボットの話と思わないでいただきたい。
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