偉人『山下清』

今週は花火に関するテーマでブログを更新しているが、日本の花火と偉人を結びつけると放浪の天才画家山下清しかいないと直感が働いた。私が山下清を知ったのは紛れもない芦屋雁之助さん演じるテレビドラマ『裸の大将放浪記』である。しかしドラマに惹きつけられたのはダ・カーポの美しいハーモニーで始まる主題歌『野に咲く花のように』の透明感であった。

今回は山下清の中に存在する『あるがままの自分自身を正直に生きる』ことについて考えて子育てに活かせる点について考えてみようと思うのである。

山下清の最後の言葉は「今度はどこの花火を見に行こうかな?」だったそうである。代表作品が『長岡の花火』であり、花火をこよなく愛し放浪の旅を通して自分自身の世界観の中にある純粋さをあるがままに作品に投影した。

彼自身を知れば知るほど他の芸術家が貪欲に作品に想いを込めるようなことはせず、有名になっても作品が売れても彼が好きなことだけに向き合う姿勢は一貫してありのままなのである。では彼がなぜそのスタイルを確立したのかを生い立ちから考えてみる。

1922年3月10日東京都台東区に生まれる。3歳の頃風邪から命の危機に陥り、軽い言語障害と知的障害の後遺症を患い、彼が10歳の頃父が脳出血で他界する。

彼が生まれた時代は障害者に対する偏見が迫害的要素をはらんでおり、一般の小学校に入学し吃音や知的障害を理由にいじめにあった。継父の軽はずみな助言で彼は同級生に刃物を向け粗暴の一面があるとされ、知的障害者施設の八幡学園に入所することになったのである。

しかしこの八幡学園での生活が生涯のライフワークとなるちぎり絵と出会わせたのである。八幡学園での生活は手工業や農園芸の授業もあり清は、ちぎり絵紙工作に没頭し虫捕りにはまる穏やかな生活を送ることになる。そしてその才能を高く評価したのが学校の顧問医である精神病理学者の式場隆三郎氏で、生涯式場氏のサポートを受け作品が開花していくことになったのである。興味のある方は式場氏の清に関する書籍を読むとより理解が早まるであろう。

彼の評価は未だ障害者が生み出したアウトサイダー的作品と評価されがちであるが、美術的技術や専門知識では推し量れない人間の心理的ものを感じると共に、子育てに於いて見逃してはならない重要な『ありのままでいること』『純粋で正直でいること』を彼の生き方から学ぶことができるのである。

彼がこよなく愛したのが花火、富士山、桜島・・・であるが、彼がそれらを見たいと自分自身の思いのままに放浪の旅に出た。昭和15年に初めての放浪の旅に風呂敷包み一つで学園から抜け出したのをきっかけに、暖かな時期は東北や北海道へ、涼しくなると四国や九州へと行き季節と聞く場所決めて放浪の旅に出ている。しかしそれはときに物乞いをしながら、寝るのは野宿は勿論寺の境内ということもあったが、駅弁を売ったり蕎麦屋や魚屋で仕事に就いたり、ときには警察に捕まったことや精神病院に入れた経験もする。全ての旅が見たいものを追い求めた放浪の旅であり、自分自身の表現をすることに徹した計画的旅であったのかもしれない。

清のことをよく日本のゴッホと例えられることがあるが、私は山下清とゴッホの間には純粋に目の前にあるものに向き合うことは同じであっても、その心情は真逆にあったと思う。ゴッホが理想を求めたのに対して、清は純粋に目の前にあるものをありのままに受け入れ表現をした。彼の作品はちぎり絵にばかりスポットが当たっているが、彼の放浪日記を読めば彼なりに人間の矛盾や彼が物事を理解しようとしていた事実が痛いほどわかり、この放浪日記を多くの親子が読み人間の本質や人間関係とは何か、自分自身はどうあるべきかを教育に取り入れてほしいと考える。

しかし彼が記したその放浪記は、語彙の拙い清によって記されているため子供の読みものとしては注意が必要である。

山下清が語ったとされる言葉は物事の本質を痛烈に突いている内容が多く、彼が大好きな花火を見てありのままに感じた思いが言葉で残されている。彼の放浪を助長した理由は自ら好きなものを求めたことの他に、兵役検査から逃れたかったという理由がある。戦火に身を置くことから逃れるために暗くて恐ろしい線路トンネルを命懸けで歩くことも厭わなかったのである。そんな思いが以下の言葉を生んだのであろう。

「みんなが爆弾なんか作らずに、綺麗な花火ばかり作っていたら、きっと戦争なんか起きなかったんだな。」

終戦から77年目を迎える年であってもウクライナは戦火で人命も、人々の穏やかな生活も、美しい風景も、文化や芸術も、あらゆる全てが破壊されていることに胸が痛む。台湾情勢も弾道ミサイルが・・・ここ沖縄にとっては危機感を感じる。なぜ未だに愚かなことが起きているのかと嘆かわしい。

彼から学ぶこととは・・・人間はありのままを良しとし欲張らず、身の丈にあった生き方をすれば自ずと結果はついてくるのではないかということである。

今世界で起きていることを山下清の目線から見るとどのように紐解くことができるのか、子供と共にこの夏を通して考えてみてはどうであろうか。

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