『SDGs10項目 人や国の不平等をなくそう No.6』
今回は『SDGs10 人や国の不平等をなくそう』を取り上げますが、具体的な目標の詳細については記事の最後にセーブ・ザ・チルドレンより引用させていただきましたのでお読みください。今回の内容を子供達にどのように伝えるのかはとても難しいものです。噛み砕いて説明をしたとしても世の中の仕組みがまだわからない幼児を中心とした子供たちには理解が難しいでしょう。しかし別の角度からその内容を理解するための積み重ねるべきポイントがあると私は考えます。そのポイントについて今回は記してまいります。
1、平等とは何か
人はみな平等であるということを理解させるためには、単なる言葉を用いて知識として教えるのではなく、日常の経験や言葉遣いを通して実際に感じ取ることが大切です。よって幼児にはおもちゃや遊具を順番を守って使う経験や使用するものや属するものを同じ数だけ分けるなど公平さを意識した経験と働きかけを行うべきです。
しかし子供達の世界ではおもちゃを友達に渡せない子もいますし、分けることができない子供もいます。この行動は子供の発達上では自然と出てくるものであり悪いことではありません。しかし社会性を身につけさせるためには順番を守らせることや人とものを共有するためのルール、平等に分けるなどを教える必要があるのです。私のママ友は自分の子供でなくても「一人で長く使いすぎたから、お友達の番だよ。渡して。」とズバリそしてキッパリと言い放っていました。子供というものは間髪入れずに明確に伝えるとすんなりと聞いてくれるものだと私も学んだのです。友達の家におもちゃ持参で遊びに行く時などは「お友達にも貸すことができるなら持って行ってもいい。しかし貸せないのなら持って行くことはできない。」と真剣にやや厳しい表情で目を見て伝えると、その約束がブレーキとなっていたのも事実です。しかし我が子供が約束を守ってもお友達が守れないこともあります。そのときにどうしたか・・・それはお友達であっても「順番やルールが守れないなら貸すことはできません。没収です。」と対応しました。たとえそのお友達が自分のママに泣きついたとしてもママ友連合の方向性は決まっていたのでその子供は次から同じことはしなくなりました。子供に平等を求めるなら親も他人の子供を平等に叱ることができる関係性を築くことも必要だと考えます。お陰で親子共々良い子育てができたと感じています。
2、平等を教えるための思いやりを育てる
平等を教えるためには子供達に思いやりの種を蒔かなくてはなりません。平等は単なる「みんな同じように扱うこと」ではなく、「人の立場や気持ちを想像できる思いやり」の構築が必要です。「もし私があの子の立場なら・・・」「あの子は今きっとこんな気持ちなんだろうな」と自分のことのように物事を考える気持ちに至ることができれば、多くのことを共感し優しさの中で時間を過ごすことができるでしょう。
先日3歳の生徒さんが「今日ね、幼稚園でね、ご飯の時間に食べないでお友達が寝ちゃってて、眠たいの?って聞いたらそうだって言ってたんだ」と話してくれました。お昼ご飯を食べることができないほど眠たいという気持ちをしっかりと汲んで「眠たいの?」と声を掛ける寄り添いの言葉は思いやりが育っていないと出てこない言葉です。
思いやりを育てるためにまずしなければならないことは『気づき』です。日常の中で困っている友達がいないか、具合の悪い友達や怪我をしている友達はいないか、仲間はずれになっている友達はいないかを観察するように「気づかせる」働きかけが必要になります。
3、感情の言葉を共有する
相手の立場になって考えることができるようになるためには感情の言語化が必要になります。子供が誰かに対して何かを感じた時、「どう感じた?」「相手はどう思ったかな?」と丁寧に聞いてあげ答えることができるようになって初めて相手の気持ちや感情が理解できるものです。しかし感情の言語化ができない場合には他人の気持ちや感情を理解することはできません。よって日頃から子供達が感じ味わう場面での感情表現をさせておく必要があります。
1歳頃から顔カードを見せながら「にこにこ」「ぷんぷん」「しょんぼり」などの擬態語で感情の言葉の理解を進めます。例えばしょんぼりのカードを見せながらお母様のかを表情を見せるようにします。2歳ごろからはカードを見せて「この顔はどんな気持ち?」と尋ねる経験をさせます。
また鏡を使用して「にこにこの顔をしてみよう」という遊びや、感情を体で表すゲームで「うれしいときはジャンプ!怒ってるときは腕を組む!などを取り入れてみるのも良いでしょう。
また年齢に合わせた言葉を伝えるようにします。2〜3歳なら「嬉しい」「楽しい」「悲しい」「痛い」「怖い」、などの基本的な感情を言葉にすることができるようにしておきます。また4〜5歳では「淋しい」「はずかしい」「悔しい」「びっくり」「がっかり」などより細かい感情語を、小学生以降は「安心」「心配」「誇らしい」「寂しい」などより複雑な感情表現を言語化ができれば他人の気持ちにも自然と敏感になります。
4、違いを認める体験をする
子供が「他者との違い」を理解することは、自己理解や共感性、社会性を育てる上でとても重要なことです。私が小さい頃は同調意識が強く集団の中から外れることを良しとしない風潮が根強かったように感じています。現代もある場面ではそのようなことは依然としてありますが、個性を大事にするという点ではかなり進歩したと感じます。私が子育てをしている頃に気を付けていたことは、他者と自分自身が違うということに劣等感を持たせないようにしたことと、自分と違うお友達を受け入れるということをかなり意識して育てました。つまり違い=悪いことではないとことです。違いを「優劣」や「正誤」と結びつけず、「個性」「多様性」として肯定的に受け止められるようにすることで子供たちの理解力や容認力の器を大きくすることができ、また新たな世界を知ることにも繋がりました。「人はみんな違うけれど、それがいいね。それが当たり前なんだよ。」と日常的に言葉で伝えることが功を奏したと考えています。
また自分の好き・嫌い、得意・苦手を知ることで「他の人も自分とはちがう」という理解にも繋がり、お友達の得意なことを受け入れてそのお友達を敬いつつ共に学べるようにしたことも子供を伸ばすことにつながったと考えます。
その他に実際の交流や体験、観察、会話を通じて異なる意見や考え方に触れること、異文化や弱気人々に目を向けることができるようにすること、さまざまな背景を持つ人々への理解もまた多くの気づきを得ることに繋がります。見た目や考え方異なる文化を通して「互いの違い」を見つけて、価値を感じる体験は確実に子供を大きく成長させます。平等は「同じにすること」ではなく、「違いを尊重すること」だと自然に理解できるように育てましょう。
5、公平を一緒に考える
これまで平等について記しましたが、平等と公平は大きく意味が異なります。「公平」という考え方は子供にとって抽象的で分かりづらいということがあります。よって日常の体験を通して分かりやすく教えることが必要です。少しこの違いについてお母様方にも理解してもらえるよう記しておきます。一般的に平等とはみんなに同じものを与えることや同じルールを適用するというスタートラインを意識したことを指します。一方公平とは状況に応じて必要なものや量を与えることや不利な状況を埋めるように扱うことで、個人の能力や状況に応じて適切なサポートをしたりその機会を儲けたりすることになります。ここで子供に学んでもらう公平は、「みんなが同じになることではなく、それぞれがちゃんと必要なものや機会、サポートをもらえるようにすること」と伝えます。
例えば背の低い子には前列に並び、背の高さ順で並ぶとみんなで対象物が見えるようにする。病気や具合の悪い子の代わりに当番を変わってあげる、病気の子には少し多く休む時間をあげる、困っている友達がいれば「どうしてこの子だけ困ってるのかな?」と考えさせ「助ける」「支える」「寄り添う」「分け合う」などの行動を一緒に考えさせることが必要です。「誰かが得する/損する」ではなく、「みんなが安心できる」状態を作るにはどうすればいいかを話し合う、考えさせることがこれが“公平であり、やがて平等という考え方の根底にある思いやりになります。「同じに扱う」=平等ではなく、「それぞれが必要なサポートを受けられる」=本当の平等であることを徐々に学べるように導きます。
6、不平等についても教え考えさせる
幼児や小学校低学年の子供に不平等について敢えてその切り口で教える必要はないと考えています。なぜなら平等や公平さをまず教えなければならず、その中で必ず子供は不平等や不公平という体験を少なからず積んでいき、その都度平等や公平さの重要性をしっかりと心身に刻み込む必要があるからです。その道を通過して初めて不平等や不公平さに向き合い、自分は何をすべきかを考えさせる時がきます。その時になってそれらについて学ぶ時期が来るのです。ではそれがいつなのか、おそらく小学校中〜高学年の9〜12歳くらいになって先ず身近なところから感じるようになるでしょう。その頃になれば社会にある不平等を少しずつ学んでいけば良いのです。例えば世界の中で学校に行けず労働を強いられている子供がいること、教育が受けられない子供、食事がまともに取れず生命の危機に脅かされている子供、介助を得なければ生活がままならない人がいること、人種やジェンダー差別を受けている人のことなど性別や障がい、貧困、国の違いなど身近なところから関心を引き出し自分に何ができるかを考えさせることが必要です。
この世の中には存在する不平等そのものが常に悪いとは限りません。たとえば、資本主義国家では努力や才能による正当な差(報酬や成果の違い)も存在します。社会主義国のように一律に平等公平ではない世の中では、個人の活動により格差が開くこともあり、その人々はリスクをとりながらそれに見合った対価を得てもいます。ここで問題となることは「生まれ」や「環境」によって機会が不当に制限されることを指します。ですから子供達には自らの努力や才能、自分自身の活かし方により自分らしい人生をプロデュースしながら社会的世界的な視野に立って行動ができる人物になってほしいと考えます。
(セーブ・ザ・チルドレンより引用)より
「国と国の間、または国の中での不平等を減らすための17項目中の10番目の目標です。各国の中で所得が水準より低い人々の収入をより早く増やすことや、年齢、性別、障害、人種などによる社会・経済・政治的な機会の不平等をなくし、特定のグループを差別するような法律や慣習をなくすことを目指しています。
また、先進国と途上国の間の不平等をなくすため、国際的な金融の取引に対する規制や制度を強化することや貿易において途上国に特別な配慮を行うこと、世界銀行などの国際金融機関の意思決定の際に、途上国の参加や発言力を拡大することなども、この目標には含まれています。」
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