偉人『巴御前』
教室には小さい頃から正義感に溢れている生徒さんがおられる。その片鱗は2歳で下に兄弟ができてから見受けられ、お父さんがご帰宅後手を洗わずに下のお子さんの方へ行くと手厳しく対応を取るという様子も耳にした。また幼稚園に通うようになってからは泣いているお友達を見つけると即座に駆けつけ「どうしたの?」と喧嘩の仲裁に入ったり、怪我をしているお友達がいると一目散に先生の所へ駆けつけて報告するというのだ。レッスンの会話の中でも幼稚園でパトロールしている様子を会話の中から推測することができる。親御さんからすればまず自分のことを優先して欲しいという思いがあるようだが、この正義感は誰もが持っているものでもなく多くの子どもたちは傍観型である。親御さんはお嬢さんの持つ正義感や勇敢さをどのように育てるのかと悩んでおられるようである。「勇敢な偉人の記事はないですか?」ということで今回は巴御前を取り上げる。巴御前という名は歴史を知らずとも昨今は小説やゲームなどにも取り上げられている日本で最も有名な女武将である。女武将がいたのかと驚かれるかもしれないが、戦国時代以前の戦には少ないが女武将が登場している。戦で戦う男のための世話をするために随行していた女性の小袖係もいたのが、巴御前のような正真正銘の女武将もいる。今回は昨今のきな臭い世界情勢も踏まえて正義感に溢れる女の子の将来について考えてみる。
巴御前は源平合戦時、源氏の血を引く木曽義仲軍の武将として活躍し、木曽義仲の愛妾として常に戦いに同行した勇猛果敢な女性であった。巴御前の性格は『平家物語』の描写から推測されており、命の危険を前にしても退かず常に戦いの最前線に身を置き、敵将を討ち取った逸話も残されている。女だてらに敵将を倒したという武勇伝は語り継がれているが巴御前が残虐的だったのかといえばそうではない。平安末期から戦国時代にかけてはこのような苛烈ことが自らの戦いの証であり、君主に忠誠を誓うものでもあった。戦いに挑む男武将が多い中で数は少ないが女武将も活躍していたのである。巴御前は弓の名手であり、武芸や馬術に秀でており平家物語の語りものとして誇張されている可能性は捨てきれないが、女性でありながら強い印象以上に色白で黒髪の美しい女性で豪胆に戦うこととの対比が際立っていたとも言えるだろう。
では巴御前はどのような家庭環境に生まれ育ったのかということを見ていこう。
巴御前は忠誠を誓った木曽義仲の父源義賢が源氏の一族内の争いで秩父氏と源義賢は死去し、木曽義仲(幼名駒王丸)は母とともに信濃国木曽地方の豪族中原兼遠のもとへと落ち延びた。この中原兼遠の庇護のもと木曽義仲は彼の子供達と兄弟のように育った。その一人が巴御前である。巴御前と木曽義仲は幼い頃から野山を共に駆け巡り遊び、弓・馬術・太刀を共に学びやがて巴御前の方が腕を上げ優れていたとされている。巴御前は常に努力や鍛錬を重ね、真面目で実直な性格だったとされ数多くの逸話が残されている。例えば13歳頃だったと記憶しているが山でクマと遭遇しクマを一撃で倒し、「女だてらに偉そうだ」として平安貴族が襲いかかるとこれまた一撃で倒したそうである。戦から帰郷した折に血まみれになっている巴御前を見た貴族たちは眉を顰めたそうであるが、民衆たちは彼女の勇ましさに好感を持って称えたそうである。和製ジャンヌダルクかと思うのだが正真正銘の女武将であったのだ。最後の戦においては300対6000という圧倒的な勢力の違いで劣勢に追い込まれた。巴御前は義仲が追い詰められ木曽率いる兵は7人となりその中にただ一人の女武将として残ったのである。忠誠を誓った義仲からは「女性だから落ち延びよ。最後の時に女を連れていたと言われるのは耐えられない」と言われた。しかし巴御前はそう言われても直ぐには去らず、敵将の首をとってからその場を立ち去ったと言われている。『平家物語』では「理想の武士像を体現した女性」として描かれており、史実としては着色がありそうではあるが、勇敢で忠義に厚く冷静で努力家そして誇り高い人物として記されていることから現代人にも学べることがありそうである。
私の経験から言うと勇敢な女性の素質を持つ女児はそう多くはない。また生まれつきだけで決まるわけでもない。巴御前を見てもいくつかの要素が重なって勇猛果敢なものが形づくられたと考えている。その多くを占めるのが環境という育ち方だ。特に勇敢さはその子供が置かれた環境に大きく影響され、困難や苦難そして理不尽なことに直面している経験を持つ場合に「このようなことは間違っている」という感情を持つ子供は、勇敢さを身につけることが多いように感じる。巴御前も武家や戦乱の時代に育ち、幼少期から武芸や身体訓練に勤しむ環境に身を置いたからこそ「恐れながらも動く力や立ち向かう力」が育ったのであろう。
また湯かんさは「感情」よりも「技術」に近い面があり、体力や技術を身につけ小さな挑戦を積み重ねることで「できる」という感覚が育ち恐怖を乗り越える土台になる。つまり確固たる技術を身につけることでやり抜くことに強く結ぶつくのである。子育てに於いても「勇気を出してやってごらん」と親が何度も伝えても子供自身がやり抜く技術=テクニックを持っていなければ勇気なんて湧いてこないのである。
また親になって初めて理解できるということの中で「守りたいものの存在」があれば、どんなことも乗り越えられるという感情が湧くことも多いだろう。巴御前であれば「君主、信念」というものに結びついたのだが、現代では「家族、兄弟姉妹、自分らしさなどを大事にしたい守りたいに」繋がる。人間が強くなるのは「怖さ、恐れ、恐怖」を知っている人間でありこれらを知っている人間は恐怖を否定するのではなく、怖くても恐れていても恐怖を感じていてもそれを一旦受け入れて前に進む選択ができることである。勇敢な人ほど恐怖との向き合い方を理性で実行できているのである。
では現代に置き換えて考えてみよう。日本の子どもたちは戦火の中にはおらず、巴御前のような命を危険に晒すようなことはないが、勇気が必要な場面にこれから遭遇することは必ずあるだろう。例えばいじめに立ち向かうために周囲が黙っている中で声を上げる場面に遭遇するかもしれない、もし自分自身がその渦中に身を置くのであれば勇気を持って「やめて」と言わなければならないこともあるかもしれぬ。また失敗を恐れずに勇気を出して行動することもまた必要になるだろう。そして弱い立場の人を守るために正義感を持ち行動を起こす場面を迎えるかもしれない。私はこう考える。現代で必要なのは「人を傷つける強さ」ではなく、「人を守れる強さ」である。我が子もいじめに遭っていた子供を庇い自ら渦中のクリ状態に陥ったことがあるが子供にはこう。「恐れの中でも行動できる人になれたんだね」 と。子供の中には「これはいけない。このままでは後悔する。後々後悔するのであれば今行動に出よう」と考えていたようであったが、信念の強さというものが育っていたためにブレることなく突き進むことができたと確信している。その揺るがぬ信念を持つためには、体を鍛えること、何かひとつ他者より秀でたものを持つこと=技術を磨く、小さな挑戦を重ね続けること、そして何より自分の価値を信じることだと考えている。最後の自分自身の価値を信じるという点においては先の太字の「恐れの中でも行動できる人になれたんだ」ということは、本当に心の支えになった後に聞いた。渦中にある時には子供自身にも迷いがあったようであるが、それを払拭するような「あなたには価値があり、その行動こそ親にとっては誉である」というような最後の砦、帰れる安全な場所であるというものが心の拠り所になると理解し、いざという時に発動できるよう親として深く考えておくことが親の役割だと考えている。
現代は平安時代から戦国時代のような環境下にはなく、社会的に力で制圧することは許されないが、世界に目を移すと捩れ現象が起きている。ロシアは力でウクライナを制圧しようとし、アメリカはウクライナへの武器供与を止め、それを受けて日本は殺傷能力のある武器の供与をどうするかという状況にも置かれている。またアメリカのトランプ政権はベネズエラという他国の大統領を逮捕し、ベネズエラと友好関係を結んでいた中国は息を潜め台湾有事をどうしようかと真剣に考えているであろう。小泉進次郎防衛大臣の表情ひとつとっても何かが起きているのだろうかと勘繰ってしまうほど険しい表情である。取り越し苦労で終わって欲しいと考えるが第三次世界大戦が起きやしないだろうかと頭を掠めることもある。私たちが社会で生きていくための術と世界情勢では真逆のことが起き、何が正しいのかと迷わことも起きている。しかし一つ言えることは時代の流れと人間一人ひとりが心して生きていくことの間には少なからず矛盾と乖離が存在し、それが長い人類の歴史では繰り返されているのである。時に歴史に翻弄されることも、翻弄された挙げ句の果てに改めて人間らしさを取り戻すことが繰り返されてきた。だからこそこれからの時代を生きていく子供たちはどのような些細な失敗でも経験をさせ、自ら起こした行動によって招いた失敗は自ら刈り取らせることをさせなければならないと考えを根付かせることが重要だ。失敗をした子供は精神的にも強く人の痛みも苦しみも理解できる子供に成長することができる。同時にこれからの子供達には世界で何が起きているのか、国内にはどのような問題が横たわっているのかニュースや新聞、SNSなどの多くの情報に関心を持って自分なりの意見を持つこと、行動を起こすことが人生を大きく左右するものだと捉えるように育てて欲しい物である。
今回は巴御前という女武将の勇猛果敢さにフォーカスしたが、男女問わず子供達には真実を見る目を曇らせずに成長してほしいものである。
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