偉人『ピタゴラス』

今回は月曜の提案記事『計算に入る前に絶対にすべきこと No.1』(記事はこちら)を受け、現代数学の基礎を築いたピタゴラスを取り上げることにした。数学、特に三角形を発展させつつ、世界を『数』で理解しようとした人物であり、数学を重要な学問にした人物の一人である。がしかし現代の我々の視点でピタゴラスという人物を見定めると、ある種カルト集団の教祖にも見えてくるエピソードが数多く存在する。彼の宗教家としての統率力に今回は焦点を当てていく。

本題に入る前に少し彼の生い立ちをみてみよう。

ピタゴラスの幼少期は記録がなく伝承のエピソードを読み解きながら妄想記事にするしかない。諸説あるがピタゴラスは紀元前582年頃、エーゲ海の島サモス島で商人または宝石細工師の息子として誕生。近くの町には著名な哲学者のタレスが住んでおり、彼から最初の哲学を学んだとされている。つまり裕福な家庭に育ったのは間違いなく、早くから学問への関心を持ち、広い世界への好奇心を抱いていた。その事実を裏付けるように若くして幅広い知識を求め古代オリエント世界の各地を周った・エジプトでは幾何学と宗教の密儀を学び、フェニキアで算術と比率、カルデア人から天文学を学ぶなどしおおよそ20年の歳月を学問を学び取ることに費やした。その後数学知識を身につけ故郷のサモス島に帰郷したが、僭主ポリュクラテスの抑圧支配下にあり学問追求できる環境にないと判断し、遠く離れたイタリア半島に移住したのである。

ピタゴラスは南イタリアの都市クロトンで自分の思想を中心にした共同体(いわゆるピタゴラス教団)を作った。この集団は単なる学問サークルではなく、かなり厳格なルールを持つ半宗教的な団体であったが、ピタゴラス自身は「自分は神だ」と公言していた証拠はなく、むしろ後世の伝説や神格化によって、神秘的な人物像になった可能性が高い。このピタゴラスの共同体に入るためにはかなり厳しい数学の試験があったようである。その中では「数や調和を宇宙の根本原理と考える哲学」「魂の輪廻(生まれ変わり)を信じる思想」「食事制限や沈黙修行」など修行的な生活規律がかなり厳しく、そこで研究した内容は外に漏らしてはならぬという秘密主義があった。よって学生の頃に学んだ数学界で有名な定理の一つである『ピタゴラスの定理』についても本当に彼が発見したのか弟子なのかは闇の中である。さらに悍ましいエピソードも残されている。「万物の根源は数である」と提唱していたピタゴラスは、弟子が無理数√2を発見したことで彼の提唱していたことが根底から覆され都合が悪くなった。そこでその弟子は何者かによって断崖から海に突き落とされてしまった。その事件の黒幕、首謀者が誰か・・・ということがピタゴラスであると伝えられているのだ。

また有名なして豆を食してはならないという謎の規律を弟子たちに課した。豆の中には死者の魂が宿る、豆の中には死者の魂が宿る、そら豆は一部の人に重い体調不良(現代でいう遺伝的な疾患)を引き起こすことがある、その時代豆が投票に使われることがあり豆=政治・世俗的な活動の象徴とし修行者はそれから距離を置くべきという幾つかの考えがあったようである。その理由は諸説ありで真実がどこにあったのかは知る由もない。しかし敵対勢力から逃げている途中、豆畑を横切らないといけなくなったが「豆は食べてはならない」という自らの教えを守り、畑を横切るのを拒否その結果、追っ手に捕まって殺されたというエピソードが残されている。これが史実であれば、自らの命と豆を天秤にかけるほどの強い思いがあったに違いない。こう考えると彼はかなり意志の強い人間であり、その意志や信念の強さが多くの人を統率したのであろう。

ではここからピタゴラスの統率力のある人物の特徴を具体的に見ていこう。

統率力のある人物にはいくつか共通する特徴がある。単に「指示が上手い」だけではなく、人を動かしチームとして成果を出す力があるかどうかが大きく関係している。

1、明確なビジョンを持っている

先ず統率力がある人物の統率力の大きな特徴は、『明確なビジョンを持っている』ことである。どこに向かうのかをはっきり示せる人には周囲も安心してついていけるが、逆に方向性が曖昧だとどれだけ能力が高くてもチームはまとまらず結果を出すことは難しい。例えば選挙でどのような公約を抱えてどのようなビジョンが見えるか、就職や転職また起業する場合、昨今だとクラウドファンディングなどでは他者に任せる場合も個人で動く場合にも大変必要不可欠の能力である。では幼少期にどのような働きかけをすれば良いのか、それは「好き・楽しい」をたくさん経験させる、小さな選択を日常に増やす、なぜ?を一緒に考える習慣、大人の仕事や生き方を見せる、将来の話は“固定しないということです。具体的な話はまた別の機会で提案記事としてまとめる予定です。



2、決断力を持つ

次に必要とされるのが決断力である。日常で決断を迫られる時には殆どが完璧な情報が揃っておらず、ある程度の不確実性の中で判断し、責任を引き受ける覚悟が求めらる。これは社会に出て子供が学ぶのは私は遅いと考えている。つまり幼い頃から毎日の生活の中で不確実の中で決断させ、責任を取らせることが重要であり、優柔不断だと先に進めず行動が止まってしまうことを理解させるべきである。私が意識していたことは子供が欲しいものや食べたいものを子供自身が選び取ったら、使い勝手が悪かろうが、美味しくないと思っていようが使わせる食べさせるを敢行させた。このような経験をさせると同じような場面で子供は情報を真剣に精査し決断することになる。その繰り返しで多くのことが見極められるようになるのである。



3、コミュニケーション能力

それからコミュニケーション能力も不可欠である。「話がうまい」ということではなく、相手の意見を聞き、意図を正しく伝え、認識のズレを減らす力のことである。これは統率する側にとっては是が非でも身につけておきたい能力である。特に意識して欲しいのが難しいことを分かりやすく説明できるようにすることだ。専門家同士が使うような言葉や知識を小学生にでも理解できるような言葉にすることで、他者は認識しやすくその結果人に信頼されやすくなる。

では子供のコミュニケーションを伸ばす方法はといえば真っ先にすべきことは「親が子供の話をよく聞く人」になることだ。これが一番効果がある。話を途中で遮らない、結論を急がせないそして「それでどうなったの?」と興味を示すと子供は親との会話を通じて「話すってこういうことなんだ」を学ぶことができる。



4、信頼性(誠実さ)

さらに重要なのが『信頼性(誠実さ)』である。言っていることとやっていることが一致しているかどうか、また責任から逃げないかなどの積み重ねが「この人についていきたい」という気持ちを生むのだ。

私は父の入退院が晩年は何度も起きたため、その都度変わる主治医の説明を受けてきた。私のこの性格であるから医師の話し方でその生い立ちを分析する癖が度々出てしまい、それを受けて受け答えを変えることは屡々あった。外科ならこの医師、内科なら、皮膚科なら、眼科ならと願う一方、二度と主治医にはなってほしくないと心に思う医師もいた。その差は何かといえばコミュニケーション力であり、その言葉から発せられる誠実さ、そしてその立ち居振る舞い最後に心配りの有無である。また信頼を得るというのは優しさだけではなく、時に厳しく本音で話ができる人でもあった。信頼や誠実を子供の学ばせるためにはどうすべきか。それは簡単である。親や周りの大人が「誠実な対応」を日常で子供に見せることである。子供は言葉より親の行動をコピーするからだ。また誠実さは結果ではなく過程であることを親が認識し、失敗しても正直に話せることや誤魔化さずに説明できることを評価すべきである。



5、柔軟な対応力

これまでの事に加え必要なことは、『状況に応じて柔軟に対応できる力』である。多くのことが計画通りに進まないのが現実であり、環境の変化に応じて戦略ややり方を調整できる柔軟対応力も必要である。その柔軟な対応力で他人を活かす力も統率力のある人物には必要な要素だ。自分一人で全部やろうとする人は規模が大きくなると限界が来ます。メンバーの強みを理解し、適切に任せられる人が本当の意味で統率力があると言えるだろう。

ではまとめに入ろう。ピタゴラスは自ら創設した教育機関では学問的にも宗教的にも権力者である。権力を握り秘密主義で閉鎖的であると何が起きても不思議ではない。某宗教団体や某独裁国家のトップを見れば共通する点が山ほどある。自分の思想を本気で信じ行動するとても理想主義的で信念が強い人物であったのは間違いない。そして決断力やコミュニケーション力に長けていたのも事実である。しかしピタゴラスに誠実さや柔軟性があったかといえばそこは疑問が残る。おそらくピタゴラスは「認められたい」「学問を追求したい」「自分が正しい」という欲求が非常に強かったからこそ、その欠けたピースがエピソードとして残っているのかもしれない。しかし私はこうも考えている。ピタゴラスは規律を重んじる厳格さがあり、自己管理ができる人物でもあり、決めたことをコツコツ続けられる継続力があ④人ん物だ。規律を重視しすぎるあまり融通がきかず、自分や他人に厳しすぎるといった面が出ていたのではないだろうか。統率をするとは一歩道を間違えると独裁者にもなるのである。


最後に余談話を少し。掛け算九九表を生み出したのはピタゴラスである。また音階の1オクターブの配列を生み出したのもピタゴラスである。九九を覚えている生徒さんやピアノやバイオリンを習われている生徒さんは、ピタゴラスが音楽を数学(比率)で説明した最初の人物の一人であることも知識として知ってもらえたら幸いである。

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