偉人『徳川家康第1弾』
徳川家康といえば
寡黙で短気、癇癪もち
狸親父などといわれますが
幼少期に目を転じると
長年に渡る人質生活が
彼の人格形成に多大な影響を
及ぼしていることは
いうまでもありません。
家康は幼少期を竹千代といい
数え3歳、実年齢1歳半時に
母の生家水野家が
織田と同盟を結び
今川の庇護を受けていたため
母於太の方は離縁され
水野家に帰されてしまい
母子は離れ離れになります。
その後も戦国の世に翻弄され
6歳で今川の人質になるべく
送り出されますが
家臣の裏切り似合い
織田に売られた形になり
2年過ごした後に
今川の人質になり
19歳までを過ごします。
小学校2年生から
大学2年生までの期間
なんと長いことでしょう。
「鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス」
辛抱強く
その時期が来るまで
待ち続ける
家康がそう詠んだのには
この人質生活が
深く関係しています。
来週金曜日に
幼少期の生活を含めて
つぶやきます。
お楽しみに
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