提案『雑煮で歴史と地理、多様性の受け入れを学ぶ』
沖縄を除くお正月で頂くおせちは日本全国どの地域も然程違いなく定番の料理品といったところですが、雑煮に限っては地域によって大きな違いがあります。その違いを知ると日本の歴史や地理、文化と深く関わっていることが明らかです。今回は雑煮を通して日本の歴史や地理、そして多様性を受け入れるこことと子供の成長を考えてみたいと思います。
常日頃私自身の子育てを通して刺激と体験が子供の能力を育む最大の方法だと記事にしたためていますが、乳児期、幼児期、学習期などの成長期の点を認識した上でさらに重要なのが線で子供の成長を捉えるということです。点と点を繋いで線で子供の成長をみていくと、やがてそれらが子供の成長を面として見えはじめ、次の段階で面が立ち上がって子供の成長が立体的な成長へ変化します。ただし何もしないで立体的な成長が見えてくるかというとそうではありません。必ず親や周りの大人の関わり方で子供の成長の差が生まれます。そしてその変化をもたらす導きができるのはある程度の人生経験を持った大人であり、経験をこれから積んでいく子供自身が行えるものではないのです。今回は雑煮を食文化に留めるのではなく、学習と人格形成に当てはめたことを記事にして参ります。
本題に入る前に知識として歴史や地理の学習の変化について話しておきます。
2022年高校の科目に新たに歴史総合や地理総合が加わりました。以前は世界史と日本史、現代社会、公民などと別れての学習でしたが、歴史総合は日本史と世界史を合わせた学習となり歴史の出来事の系統を追うだけの学習ではなく、産業貿易の発展過程などの近代化と政治や女性の地位向上などの大衆化、人や情報などの移動などのグローバル化などの観点から学習する幅広い科目となっています。一方地理総合は大きな変化はありませんが地図や地理情報を捉える現代世界と国際理解と国際協力について、持続な地域作りを考える内容になっています。また年明けの大学入試科目にこの2科目が加わることになりました。形式的なことは変化していきますが基本的な学びが大きく変化することは無いわけで、様々なことを経験させ考えること、身近な文化を通して枝分かれしていく様々なことを知り調べ自分のものにしていく刺激を与えておくということがいかに大切であるかを親が認識しておくことが重要だと考えます。
では我が家ではどの様に雑煮を紐解いて行ったかというと、まず主人の出身地である土地の雑煮から雑煮の旅が始まりました。また我がルーツの沖縄には雑煮文化がないので中身汁となるわけです。この様な両方の食文化で子供達自身に出自を理解させるこは必要不可欠なことだと考えます。これが自分が自分であること、社会の中での自分自身の立ち位置であるアイデンティティの確立の一手段となると考えます。
また転勤族ということもありその土地土地の雑煮文化を経験させることもしており、絵本を活用して1月中は雑煮三昧にした年もありました。北海道では海鮮三昧の雑煮を作るとママ友から教わり楽しんだ経験もあります。土地変われば食変わるを実体験させることも違いを受け入れるという精神性に通ずることになります。私自身も転勤族ということもあり同じ様な立場の人との関わりを持っていましたが、その土地に馴染むことをせず不平不満を並べ立てる方の心の幅振りを感じてそのお子さんと接してみると、やはり親御さんと同じ様な考え方を持って成長します。郷に入っては郷に従うという言葉の通り実践させた方が子供達は柔軟に物事を受け入れ、心穏やかに豊かにそして人との交わりを謳歌できると考えます。手前味噌になりますが我が子供達はどんな過酷なことが起きても先ずは人を批判することをせず、冷静に対応できる柔軟さを持ち合わせており最も誇りにしている点です。先ずは全てご縁のあることや人との関係性を受け入れるように子育てを皆さんも実践してほしいと思います。
また一方で食文化の雑煮を捉えると出汁の変化を味わうことも行なって食育に励みました。香川バージョンではいりこ出汁、長崎では顎出汁、鹿児島では枕崎の鰹節を大量に使ったりと日本地図を片手にお出汁旅を実行したりもしました。食文化を通して地理の学び、江戸から明治の物流の流れの象徴である北前船の歴史を学んだり、関東は角餅、関西は丸餅その境はどこなのだと自由研究にしたりと食文化を楽しみながら日本の様々な歴史を学ぶことができるのも雑煮です。この様な経験を通して単に雑煮を食べて美味しかったと感想を抱くだけにするのではなく、雑煮は地方によってこんなにも違いがあるのはなぜだろうか、歴史から様々なことを紐解いてみること、実際に作って経験することでは感じ方、考え方、学び方、経験によって生まれる副産物は明らかに違います。
雑煮一つで地理に興味を持ち各都道府県の形や県庁所在地を学ぶかもしれませんし、北前船の歴史で江戸から明治にかけての歴史に興味を持つことができるかもしれません。もしかすると雑煮から地理に思考が広がり得意な文章力で内田康夫氏の浅見光彦シリーズの様な推理小説を書く人物になるかもしれませんし、料理に目覚めミシュランの星を持つ名料理人の道を極めるかもしれません。つまり人生を豊かに生きることができる知識教養を持つことができる可能性があり、子供自身が自分自身の得意なことを活かして道を極めるかもしれないのです。
年末最後の脱線話を少々。子供達に先生は物知りだと評価を受けることがありますが、実はこれは私の生まれ育った環境からダイレクトに影響を受けたものです。我が母は無類の芸術好きで音楽や美術を今も愛してやまないのですがドラマが大嫌いな人です。その反面父は映画やドラマが好きで私に色々な角度から映画やドラマを通して物事を多角的に捉えること教えてくれました。例えば西村京太郎のトラベルミステリーを見終わった後には海底トンネルや鉄道の歴史、その土地の歴史や文化に限らず沖縄と異なる文化の話、時には日本の物流を担うトラック運転手さんたちの話など父が経験し知り得た情報を事細かに話してくれる内容がドラマの内容よりも大変興味深く面白いものでした。一つのドラマや映画から点と点を繋げて線にしくれ、やがてその情報が自分自身の成長と共に面になり、今の仕事に活かされて立体化できているのはやはり父に教わった豊かさだったと実感しています。お子さんが成長して両親から得たものはこれだったと言えるものをお持ちになり、大いに子供達の経験値を上げてくだされば子供への財産を手渡したことになるのではないでしょうか。
一年の始まりにいただく雑煮を通して学習として日本の文化や歴史、地理を学うのではなく、身近なところから将来学習することを捉えて豊か学ぶことと、これからの時代を歩む上で自分とは異なる多種多様性を受け入れることができる練習を行なってみてはいかがでしょうか。
明後日の元旦の手仕事は日本原水爆爆弾者団体協議会が受賞した2024年ノーベル平和賞に関連して、広島の牡蠣雑煮を取り上げ来年が平和な年であるよう祈願した一杯にする予定です。お時間があれば覗いてみてください。
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