偉人『大村はま』

「偉人」は社会・歴史・文化の中で特別に大きな影響を与えた人物として受け止められ、時代や社会を変えるほどの功績、思想、行動を起こした人との認識を持っている人が多いのではないだろうか。しかしある特定の分野で構成を挙げた偉人もまたすごい輝きを放っている人である。今回取り上げる大村はまもまた日本の戦前戦後を国語教師として独自の教育方法を実践し、日本の国語教育界に大きな影響を与えた人物である。高校で現代文を教えてくださっていた恩師が「大村はま先生は私が尊敬するスーパー教師である」という話をし、彼女の著書をもとに大学進学に向けて『沈黙の時間で何を学ぶべきなのか』というような授業が進められた。思い起こせば当時の私はまだ青二歳で真剣に物事を受け止めることが希薄だったのだろう。記憶の断片しか残らず、核心に触れた話が自分のどこを探しても見つからない。探し当てられたのは今にも吹き飛ばされそうな薄っぺらいかけらだけである。もっと真剣に授業を受けておけばよかったという後悔後にたたず、覆水盆に返らず、後の祭り状態である。他界された恩師の胸にはどのようなことが響いていたのか聞いておきたかった・・・痛恨之極である。そのことを取り戻すべく独断で記事を記すことにした。

教師という肩書を持つ人にとっては必ず耳にしたことのある名前を持つ大村はまは日本の教育界、特に国語の教師としては彼女の右に出るものはいないというほど有名である。が一般の人々にまでは知れ渡ってはいないだろう。事実私もこの仕事をしていて「うちの子、国語力がないんです」と打ち明けられた時には、「大村はまの本をまずは親御さんが読破してはどうだろうか」と提案をする。その場合多くの親御さんは「それ誰ですか?」という状態なのだ。常々国語力をどう伸ばすかということを算数のように明確に答えを出せないからこそ、先人の切り開いた道を学び直すことが必要だと考えている。そこでだ、学校という教育界の枠の中で大村はまを閉じ込めておくのは大変惜しい。どうせなら彼女が提唱していたことを家庭で少しくらいは活かせるのではないだろうか。そのために今回は彼女の幼少期を考えることは無視をして、彼女の考え方を親が知るということにフォーカスし記事にする。



早速一つ目、『言葉を育てることの重要性を説いた

大村はまは子供達に言葉の重要性を説き、言葉を「生きる力」と結びつけることへと導いた。単に読み書きや学問のための道具として言葉を理解するのではなく、言葉の意味を思考すること、言葉を使って表現すること、そしてその言葉を使って人間関係の基盤を作ることができるようにと考えたのである。学んだ多くの言葉が子供達の心を育てることになり、相手の話を聞くことで心を通わせ社会性や人間性を育てられるとも説いた。また彼女は子供達だけでなく教育者や親に向けても批判や強制ではなく、体験・共感・遊びの中で言葉を学べるようにサポートすることが重要だと訴え『子供が言葉を学ぶには環境が重要である』と考えた。

実はこの言葉を理解する以前に子供が言葉の存在に気付き、言葉を覚えよう使おうとするセンスは乳幼児に遡る。この乳児期に目に映るものには名前があることに気付かなければ、その後言葉を育てることは難しくなり、2語文が出てくる時期に出てこなかったり、年を重ねても必要最低限のことしか話さないという傾向が出てくる。またそれは言葉だけの問題ではなく、思いを言葉にすることができなければ感情への影響も出現し、実は思考力にも大きな影響を及ぼす。つまり言葉を育てることは単なる言語性の問題だけではなく、人生を生き抜くために必要不可欠なことが思うように育たないこともあるのだ。そのことを心に留めて子供を育てるべきで、大村はまはこのことを更一歩進めた考えを次に提唱している。


その提唱二つ目とは「考えること」である。「ことばの力」が人を育てると考えていた大村はまは言葉が理解できれば、考える力が身に付くと考え教育を行った。人は言葉によって物事を整理し時に複雑な問題を精査し、事柄を理解しながら考えを深めるものである。つまり言葉の理解が豊かであれば自ずと考えも深くなりしっかりとした行動を起こすことができる。一方言葉が乏しい ければ考えも浅くなりやすく、また行動も稚拙に陥りやすい。幼い子供でも人生何回目なのかという子供もいれば、子供より浅はかだと感じる大人もいる。この違いは何かというとやはり常に物事を深く考えながら行動しているか否かである。後者にならぬようにするためにどうすればいいか、それは子供が言葉を学び始めたら同時に思考も深めることを導き促すことである。思考ができる子供は自分の気持ちを言葉にすることができ、友達の考えをしっかりと聞きながらさらに思考を深め、他者の行動を見てここでも思考する。思考の連続を行う経験を通して心の中であれこれ思いを広げる思いを巡らし、いろいろなことについて考えを巡らし、知恵や頭脳を使ってどうすればよいかを考え解決策や方法を頭で巡らすということが子供に豊かな人生をもたらすのだと私は確信をしている。

以前脳内発信の聞く力という記事を書いたことがあるが、まさに大村はまの考えることは脳内発信の聞く力そのものである。子供の思考力については親御さんは存外に重要性を意識した働きかけをせずすぐに答えを教えてしまったり、「これをやりなさい」「こうしなさい」と常に指示し、時に子供がじっくりと思考を広げるチャンスを奪っていることさえある。子供が思考力を育てられない落とし穴があるのだ。

思考力を伸ばす一番効果的な方法は「どう考えたのか、どう思うのか、どう感じた、どう捉えたか、どうすればいいのか」などと問いを与えることである。子供に質問をすれば思考力があるのかないのかすぐに答えは出る。「わかんない、忘れた」など連発していれば思考力は乏しいかもしれない。また何かを伝えようとしていて言葉が出ない場合であっても安心はできない。なぜなら何か思考をしていても言葉として表現できないということは言葉の数が足りないということだからだ。言葉を知り思考を深めることが重要であると大村はまは力説している。



三つ目は『多くの文章を読むことである』

国語力を上げるためには読書量が必要だということは明白である。しかし読むことは内容を考えながら理解する活動であり、ただ文字を追うだけでは内容理解や言葉の力はつかない。言葉を多く理解するということ土台に読む力を上げることは重要なことである。大村はまはさまざまな文章を読むことを大切にしていた。教科書や本などの類は勿論のこと新聞や広告なんでも片っ端から授業の題材として取り上げた。中学生がなかなか目を通すことの無い日経新聞を題材にしたこともある。日経新聞はありとあらゆることを経済の視点で書かれれているものだが、難しい言葉や専門用語が多くまた世界情勢やその背景などを理解していなければ理解することは難しい。。しかし大村はまが目をつけたのは日経新聞の『私の履歴書』という有名なコラムである。有名人の生い立ち、若い頃の苦労、仕事での成功や失敗、人生の転機、人脈・歴史の裏話の記事で諸先輩らの人生経験が興味深く記事化されている。これは読んでいる私も数多くの学びがあり新聞自体に目が通せな忙しいタイミングでもここは絶対に外せない。これらの内容を中学生という青春を謳歌しようとしている年齢から読み続けたら、さそかし子供の人生が良い意味で大化けするのではないだろうか。また新聞に限らず文学作品評論などであれば、筆者はなぜこのような言葉を使ったのかと書き手の考えを想像し、自分の意見と照らし合わせてみたり、登場人物はどのような気持ちなのかとその思いに共感したり反感を抱いたりすることができる。また多くの文章を読むことで日常生活では出会えない新しい言葉や考え方、そして美しい表現や自分自身の中には存在しない新しい表現に触れることができ、文章の組み立てを自然と学ぶことができる。それによって子供は言葉の世界を広げるだけではなく、物事の捉え方考え方の幅をも豊かにすることができるのだ。



そして四つ目は『表現すること』

人は頭の中で考えているだけでは考えがはっきりしないことがある。大村はまはそこを明瞭化し自分自身の思いや考えを表現するために重要なことは書くこと、話すことと考えていた。表現はただ言葉を並べることではなく、自分の考えを深め精査し構築し人に伝えるための大切な活動であるとし、表現は自分のためだけではなく相手に伝えるためのものとして捉え、相手に分かるように話す、相手に伝わるように書くということも重要視していた。表現は「思考を育てる手段」として考えていた大村はまにとって、表現すること=考えを整理する手段であったとも言えるだろう。誰が読んでもわかるような文章を書くという学びをひたすらさせられていた私が学生じだいでも書くこと以外に、話し合いを中心とするディスカッション、グループで課題を解くグループワーク、発表をするプレゼンテーションなどがあり、我が子の時代になると賛成・反対で議論するディベートに注目が集まり、ここ10年で自らで考え話し合ったり発表しながら学ぶアクティブラーニングなどが学校授業に導入された。、大村はまの求めていたものは先述したこられの活動ではなく、常に「思考する」ことを目的にしていた。とりあえず話し合う、とりあえず意見を戦わす、とりあえず発表するなど時に深い思考に至らないといったものではなく、「この人物は本当に正しいのか?」「この言葉の深い意味は何か?」「真実の裏には何が隠されているのか」と深い問いを用意していた授業であった。とりあえずの形ではなく、いかに思慮深う物事を考えるのかということが、実は子供大人を問わず日本はどこかに起き忘れてきてしまったのでは無いかと痛感している。今一度家庭の中では大村はまの提唱した言葉とは何か、考えるとは、読むとは、話すとは、書くとは何か、それらの真髄を見つめ直す子育てをして欲しいものである。

 大村はまの求めていた国語教育は片手間に、なんとはなしにできるものではない。彼女は常に授業設計を精密に行い、授業前に「生徒がどこで迷うか」「どんな意見が出るか」「どこで議論が起きるのか」「次にどんな質問が出てくるのか、するか」までを分析し予測した上で授業をどう進めるのか考えていた。つまり彼女の授業は偶然出来上がるものではなく、緻密に計算され、予測できること準備し対応できるように設計されていたのである。彼女は教師に「良い授業は偶然できない。作るものだ。」と伝え教師は常に授業を研究し、子どもを一人一人を理解する工夫が必要があると説いていた。彼女が緻密に計画を立てていたのはプロとしての視点がそうさせていたことは確かであるが、親も我が子供の個性を知り行動を理解し努力しようとすれば、大村はまの足元にも及ばないであろうが、爪の垢を煎じて飲む」という見習うべき点に気づくことができるのではないだろうか。






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